日本共産党前橋市議会議員 長谷川薫  【年齢 66歳】 現在・5期・携帯・090-1534-5061・自宅~前橋市南橘町15-5・お困りごとや行政への要望などありましたら、お気軽にご連絡下さい。


by hasegawakaoru

前橋市議会で「手話言語条例」を超党派で制定めざしています!

12月議会への上程をめざして超党派で手話言語条例の制定準備をしています!

 前橋市議会は今、超党派で「前橋市手話言語条例」の制定の取り組みを進めています。
この条例制定の契機は、2015年2月の群馬県議会に議員提案され、全会一致で可決された群馬県手話条例の制定目的に合わせて、前橋市でも条例化が必要との各派代表者の合意に基づいて、任意の研究会が市議会に全会派の代表者で組織され準備が進んでいます。日本共産党市議団の代表として私が参加しています。
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 群馬県の手話言語条例の前文で「手話は言語であり、ろう者の思考や意思疎通の際に用いられている」とうたわれており、条例文の作成には複数の聴覚障害者団体の代表者がかかわりました。
 条文は全16条からなり、ろう教育の問題に細かく触れた12条が最大の特徴です。ろう児が乳幼児期から手話を学ぶための教育環境の整備、ろう児やその保護者に対する手話の学習や機会の提供、手話に通じた教員の確保や専門性の向上に努めること――などを県に求めています。他県では、13年に全国で初めて鳥取県が手話言語条例を作っており、市レベルでは北海道石狩市、兵庫県明石市、山口県萩市、福島県郡山市などが先進的に制定しています。県と県庁所在地の都市が呼応して制定したところはまだありません。

群馬大学の金沢貴之教授の援助を受けながら、当事者団体の意見も聞きながら条文策定をすすめています!


 聴覚障害者団体(前橋市聴覚障害者福祉協会・ろう重複児者を持つ親の会・トマトの会)や手話通訳者や手話サークル団体(前橋市手話通訳者協会・前橋手話サークル連絡会)などの方々から、条例制定に向けての熱いご意見をたくさんお聞きしました。群馬大学の金沢貴之教授からも制定に向けての丁寧な助言を受け続けています。
 手話というのは、手の形と動きだけではなく、顔の表情と一体化して成立するものです。一般に、顔の表情は、嬉しいという言葉には喜びの表情を、悲しいという言葉では悲しい表情をします。しかし聾者にとっての表情には感情表現の他に、文法の機能も備わっているのだそうです。たとえば、実際には聾者の手話における「文法としての表情」というのは、感情の表現だけでなく、例えば●顎をしゃくって疑問文を表す●眉をしかめてWH疑問で表す●眉を上げて目線を外して、単語の倒置や関係節を表すなど、様々な機能があるそうです。
こうした初歩的なことも、私にとっては新たな認識でした。 
 この間の2回の意見交換会も開催して、時間をかけて当事者団体の方々から、今まで私が十分認識していないご意見や要望をお聞きしました。
 手話通訳者の方からは、「実際に通訳できるようになるまでは10年近くの勉強が必要で、通訳者をもっと増やさなければ聴覚障害者への十分な支援はできません。教育現場でも病院でも通訳者がもっともっと必要です。専門職として仕事ができるように待遇改善や、養成のための財政的支援が必要です」と訴えらました。
 聴覚障害者団体の方からは、「長い間、差別と偏見にさらされた歴史を理解していただきたい。手話がそのような歴史を経てやっと最近になって言語として認めてもらった。文化的な所産として理解され始めてきたばかりです。条例制定によって多くの方々から手話を理解してもらえれば幸いです」とお聞きしました。
 
 お話をお聞きする中で、とくに聴覚障害者の団体皆さんが、長い間差別と偏見との戦いを続けてこられたことがよくわかりました。音が聞こえない障害は、外見からは「見えない障害」とも言われますが、聴覚障害者は、数少ない手話通訳者(前橋では現在41名)やボランティアの方々の支援を受けながら、ろう者や手話に対する心無い誤解や偏見と闘い、ろう者の知る権利と聞く権利の保障のために、手話の普及と手話通訳制度実現に向けて粘り強い運動を続けておられることを再認識しました。

 ろう者の知る権利を保障する取り組みは、「権利としての手話通訳」保障の要求運動へと展開し、1970年から国のメニュー事業として始まった養成、設置、派遣各事業は、「ろう者の生活と権利を守る」手話通訳制度化運動となり、委託を担った地域のろうあ協会と手話通訳者集団、手話サークル等の関係団体の努力によって発展し、手話を普及してきたそうです。
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 事業がボランティア依存であるため手話通訳の専門性や派遣条件などに大きな格差が生じたことから、全国に4,000人の手話通訳士を配置する制度を求めるなどの提言と国民への啓発運動を展開し、これをもとに1989年から手話通訳技能認定(手話通訳士)試験制度が始まりました。また、2000年に手話通訳事業が第二種社会福祉事業として位置づけられ、これを根拠に2002年、手話と手話通訳に関する学習・研究・養成の専門施設として、社会福祉法人全国手話研修センターが全国聴覚障碍者連盟・全国手話通訳問題研究会・日本手話通訳士協会の出資により設立されました。

 2006年に施行された障害者自立支援法では、手話通訳事業は要約筆記事業とともにコミュニケーション支援事業として市町村必須事業と位置づけられ、全国のどこの地域で暮らしていても、聴覚障害者の費用負担は無料で、等しく知る権利、聞く権利が保障される事業となるよう取り組まれています。そしていま、国連・障害者権利条約に打ち出されている手話の言語的権利行使が各方面において保障される法制度の確立に向けて、条約の批准と国内法の整備に取り組むことが今後の大きな柱となっています。

手話が言語として認められたのは最近のことです!
 
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 「聞こえない子どもたちが手話を使う」というのは、今では当たり前のことに思えるかもしれませんが、今から数十年前には、手話の使用が日本語習得を妨げるなどの誤った考え方や、聴覚障害者への理解と手話啓発の遅れによる偏見から、ろう学校において手話が禁止されていた時代があったのです。
 日本では大正時代以前は手話が使われていましたが、1933年に当時の鳩山一郎文相が、日本語の発音訓練を中心とする「口話教育推進」の訓示をしたことで、全国の聾学校など日本の教育現場では、口話法が主流となりました。長い間、手話は「思考力が育たない」「文法的に劣ったもの」とみなされ、使用が禁止されてきました。
 その後、聴覚障害者団体や手話通訳者たちの多大なる苦労と粘り強い運動によって、手話は少しずつ社会の中に浸透していきました。
 1990年代に潮目が変わり始め、2013年に鳥取県、2015年に群馬県で手話言語条例が制定されました。学術研究により手話が「言語」であるという証拠が示され、聴覚障害者が生きるためのコミュニケーション手段として手話が重要だ、という認識が広まったためです。 ろう者が意思疎通の手段として使っている手話に対する市民の理解をいっそう深め、幼児から児童・生徒・大学生・大人までがあらゆる場で手話を言語として使用し理解してもらえるようにすることが求められています。 

聴覚障害者団体や手話通訳者の皆さんから切実な要望が出されました!
 前橋市議会の全会派の代表者とも、条例制定と合わせて、当事者団体の要望を市行政の具体的な施策として実現することが大切と考えています。具体的には▼出産直後の全新生児の聴覚検査の実施 ▼教育現場での手話教育の実施 ▼市民や事業者の手話への理解 ▼医療現場での手話の理解ト普及 ▼手話通訳者の養成と待遇改善 ▼災害時の情報伝達と意思疎通の確保 ▼すべての市民が共に生きる地域社会の実現・・・・ などを条例に盛り込むとともに、当事者などの具体的な要望を実現するための当事者が参加して協議ができる組織の保障などを実現していきたいと思います。頑張ります!
 
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by hasegawakaoru | 2015-10-22 22:42 | 市議会活動報告