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日本共産党前橋市議会議員 長谷川薫  【年齢 70歳】 現在・6期・携帯・090-1534-5061・自宅~前橋市南橘町15-5・お困りごとや行政への要望などありましたら、お気軽にご連絡下さい。


by hasegawakaoru

戦後73年 戦争の悲惨さ伝え、命と平和守る政治へ

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前橋空襲の体験を語り継ぎ、戦争反対を主張したい~岩崎正一氏 

 前橋空襲から73年目の8月5日、住吉町の広瀬川にかかる比刀根橋のたもとにある空襲犠牲者の慰霊碑前で、新日本婦人の会や前橋地区労働者会議、前橋民商など実行員会主催の「前橋空襲追悼集会」が開かれました。
 前橋市内で最も堅固とされていた公共の比刀根橋防空壕では、空襲が始まった時に、定員40名のところ80名余の住民が殺到し、猛火に包まれほとんどの方が亡くなりました。

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慰霊碑に献花する前に、前橋空襲を体験した前橋市二宮町の岩崎正一さん(84歳・上の写真)が当時の悲惨な体験を語りました。「前橋駅のすぐ北に住んでいた。空襲警報が鳴ったので自宅の防空壕に退避した。ところが、あまりにもひどい爆弾と焼夷弾で危険と判断し、弟の手を引いて燃え盛る炎の中を必死で六供方面に逃げた。音を立てて落ちてくる焼夷弾で町が炎に包まれて恐ろしかった。幸いにも家族は生き延びたが、家は焼けた。焼け焦げた遺体や川に浮かんだ遺体の臭いはすごく、今でも思い出したくない。空襲や戦争の悲惨さやむごさを体験したその思いを訴えたいと考えて、安保法制違憲訴訟の群馬裁判の原告になった。生きている限り戦争の恐ろしさと平和の尊さ、そして戦争反対を訴えていきたい」と証言しました。
 酒井宏明県議とともに私も参加し、中心街を集会参加者とともに追悼行進をして市民に平和の尊さを訴えました。

軍隊は市民を守らない

「前橋空襲」では、マリアナ諸島テニアン島の飛行場を飛び立った92機の爆撃機B29が8月5日の夜、市内を焼夷弾などで爆撃。市街地の8割が焼失し、死者535人、負傷者は600人以上に達した。米軍は、空襲前に予告ビラを大量に飛行機から配布したが、市民の避難を制止するために民間人の警防団などが「敵の謀略にだまされるな」と警告し、拾ったビラを学校や警察に届けるように求めたのです。10万人が犠牲になった3月10日の東京大空襲の後も、『防空法』で大人は避難を認めず空襲時の消火活動を住民に強制しました。このために、前橋空襲でも多くの犠牲者が出たのです。一方、市民には消火のためにとどまることを求めた軍関係者は、小学校などを宿舎にしていましたが、空襲が予想されればいち早く避難をして、無防備の市民を守らなかったのです。沖縄戦などで、洞窟に避難した住民を軍人が軍刀をかざして追い出したように、軍隊は住民を守らないというのが前橋空襲の実態だったのです。

最悪の非人道性・世界中から核兵器の廃絶、必ず実現を 

 1945年8月6日に広島で、9日に長崎で、アメリカ軍が投下した原子爆弾のさく裂による強烈な光線と熱線、大量の放射線、爆風は人々の体を貫き、広島で14万人、長崎で7万4000人。おびただしい命を奪いました。その日から73年。被爆者が自らのいたましい体験を語り、核兵器の非人道性を訴え続けてきたことが世界を動かし、昨年7月、史上初の核兵器禁止条約採択につながりました。ふたたび被爆者をつくらない、核兵器のない世界をという悲願を必ず実現するため、世論と運動をさらに強めるときです。
 唯一の被爆国でありながら核兵器禁止条約への署名・批准を拒む安倍政権の態度は、被爆者の願いに逆らうものです。6月の歴史的な米朝首脳会談によって、朝鮮半島の非核化が前進することを国民は期待していますが、日本政府は相変わらず、6000億円もかけて秋田と山口にイージス・アショアという北朝鮮のミサイル防衛基地を建設し、憲法9条に沿った対話による平和外交の道を閉ざしています。
 今こそ非核・平和の声に応える政治に転換すべきです。安倍首相が狙う憲法9条改悪に断固反対しましょう。
by hasegawakaoru | 2018-08-07 20:23 | 平和